糖尿病を絶対放置してはいけない理由
こんにちは!名古屋市の中部産業医・労働衛生コンサルタント事務所名古屋、代表産業医の馬渕です。
今日は労働者の「糖尿病」について書いてみました。
私が産業医としてみていて、定期健康診断結果で特に注意しなければならないのは「糖尿病」と「便潜血」だと思っています。
そこで本日は働く人の「糖尿病」が恐ろしい理由について、産業医の立場から説明していこうと思います。
一言でいうと、糖尿病を放置しておくと、「合併症により仕事ができなくなるから」です。
私は今まで糖尿病を放置して大変なことになり、後悔している人をたくさん見てきました。
この記事はそういった方々からのメッセージでもあります。
糖尿病は早期から治療をすれば症状をコントロールできる病気なので、労働者自身も、企業側も放置しないように特に気を付ける必要があります。
産業医の業務内容には、健康診断結果をもとに就業可能かどうか判断を行うことが含まれるのですが、私が今まで就業制限や就業禁止とした人は糖尿病を放置していた方がほとんどです。
まず、糖尿病について説明し、放置するとどのように危険なのか、そしてどうするとよいのかがわかるように説明したいと思います。
糖尿病とは
糖尿病とは、インスリンというホルモンの働きが不足することで、過度に血液中の糖分が増えてしまう病気です。
インスリンは膵臓で分泌されるのですが、糖分を細胞に取り込ませる働きがあり、インスリンによって私たちの血液中の糖分の濃度(「血糖値」といいます)が正常範囲に保たれています。
糖尿病の種類
糖尿病には大きくわけて「1型糖尿病」と「2型糖尿病」という2つのタイプがあります(実はその他にもあるのですが、ここでは分かりやすさのために省きたいと思います)。
日本人の9割以上は「2型糖尿病」と言われています。
2型糖尿病は、加齢、生活習慣、遺伝などの要素により膵臓からのインスリン分泌量が下がってしまったり、インスリンが効きにくくなったりして起こります。インスリンが効きにくくなることを「インスリン抵抗性」と言います。日本人はそもそもインスリンの分泌量が少ない傾向があり、体質的に糖尿病になりやすいようです。2型糖尿病の治療は、インスリン分泌量を増やしたり、インスリン抵抗性を改善する薬を内服したり、食生活や運動習慣に気をつけてインスリン抵抗性を改善したり、インスリン自体を注射することを組み合わせて行います。
1型糖尿病は、膵臓のインスリンを分泌する細胞が、自分自身の免疫細胞により破壊されてしまうことで起こります。これはウイルス感染により免疫が活性化されたことをきっかけに起こると言われていますが、よくわかっていないことも多いです。2型糖尿病に比べると、インスリン分泌量が極端に減ってしまうので、インスリン注射が必要になる例がほとんどです。
労働者の糖尿病がなぜ危険なのか
①糖尿病は放置されやすい
糖尿病は、初期には自覚症状がないことが多いです。急激に発症した場合は、喉が渇いたり、頻尿になったり、だるかったりというような症状が起こりますが、ほとんどの方はゆっくり悪化する2型糖尿病なので、「自覚症状が乏しく、得てして放置されてしまう」のです。糖尿病は放置すると悪化し、「仕事や日常生活に大きな支障が生じる病気」なのですが、取り返しがつかなくなってからようやく介入されることが多いのです。糖尿病は早期の介入により合併症をほとんど抑えることのできる病気なのに、非常に残念です。特に仕事が忙しい労働者の方は仕事のために自身の糖尿病の治療を後回しにしてしまい、悪化させる例が多いです。こういった方が働けなくなるのは会社としても大きな損失だと思いますので、健康診断結果で「糖尿病」を指摘された方には、必ず内科の受診を勧めたり、産業医や産業保健師との面談を進めるようにしましょう。
②合併症により働けなくなる
糖尿病は数年単位で放置しておくと、「血管」を痛めます。糖尿病では、血液中の糖分が血管を構成する細胞と反応したり、活性酸素を発生させたり、炎症を起こしたりなどと様々なメカニズムで血管を痛めることがわかっています。糖尿病では血液がドロドロになるため血管内に血の塊(「血栓」といいます)ができて詰まってしまうこともよくあります。
血管は全身に張り巡らされています。その中でも糖尿病は細い血管を痛めやすいことが知られており、特に繊細な血管の多い「眼」「腎臓」「神経」がやられてしまうことが多いのです。
眼
「眼」には、光を通すように透明な硝子体とフィルムの役割をする網膜という部分があります。網膜には繊細な血管が生えているのですが、糖尿病により網膜の血管が破れて硝子体に出血したり、本来血管がないところに血管が生えてきてしまったりすることで、眼が見えなくなってしまうという合併症があります。網膜剥離を起こすこともあります(牽引性網膜剥離)。
早期から眼科にかかっていればレーザーや注射などで進行を抑えることができるのですが、基本的に一旦低下してしまった視力はもとに戻らないことが多いです。視力が低下していれば仕事上の作業や運転にも支障をきたしますので、今までと同じ業務ができなくなってしまう例も多いです。もちろん日常生活にも支障をきたします。人間は外界からの情報収集の8割以上を視覚に依存していますので、視力を奪われるということは非常に大変なことです。
腎臓
「腎臓」には、血液をこし出して尿を作る「糸球体」というフィルターの役割をする細い血管の塊と、尿の成分を調整する「尿細管」という部分が無数に含まれています。糖尿病では「糸球体」が傷つくことでフィルターの目が粗くなってしまい、本来尿中に排出されない蛋白質まで排出されるようになってしまいます。また「尿細管」の機能も障害されることが知られており、水分が過剰に排出されて頻尿、脱水になってしまうことも知られています。腎臓が傷ついているのに糖尿病を放置し続けると最終的には尿が出せなくなり、「血液透析」となってしまいます。週3回、1回4時間程度、病院のベッドで処置を受けなければなりません。これも日常生活を送り、仕事をする上では非常に大変なことです。
神経
「神経」は、神経を栄養する細い血管が糖尿病により障害されたり、神経自体に糖の変化した物質「ソルビトール」などが蓄積してしまうことで、手足の感覚神経を中心に障害されてしまうことが知られています。手足の感覚がなくなると指先の細かい作業はできにくくなります。
また「皮膚」にも細い血管があり、糖尿病により傷が治りにくくなります。加えて「神経」が痛むと、傷の痛みを感じにくくなりますので、靴擦れなど些細な怪我に気づかずに悪化させてしまうことが多いです。血液中の糖分が多いと、免疫細胞の働きも落ちてしまうことが知られており、悪化した足の傷から細菌が入ってしまって点滴治療が必要になったり、場合によっては救命のために手足を切断しなければならない場合もあります。また、手足自体の血管が糖尿病のために詰まってしまい、手足の末端が腐ってしまってやむをえず切断する例も多数目にします。手足の切断となると、仕事内容も制限されますし、日常生活も大きく制限されてしまいます。
心筋梗塞
体内で最も重要な臓器とも言える心臓ですが、心臓にも心臓自体に栄養を送るために、細い血管がたくさん走っています。糖尿病により血管の壁が傷つけられて詰まってしまうと、心臓の一部の組織が死んでしまい「心筋梗塞」となります。「心筋梗塞」は血管の詰まった場所によっては即死となりかねない恐ろしい病気です。以前に比べて「心筋梗塞」の治療が進歩し、救命率は向上していますが、後遺症が残ることも多いです。心臓が傷ついたことによって、体を動かすとすぐに息があがるようになってしまい、現場仕事ができなくなってしまったり、傷ついた部分から「不整脈」が起こってしまって運転や作業がままならなくなったりする例も見かけます。
命に関わる病気であることもさることながら、助かったとしても後遺症により働けなくなる例もある恐ろしい合併症です。
脳梗塞
私は、人間を人間らしくしているのは脳の働きが大きいと思っています。脳にも細い血管が多数あり、糖尿病により血管の壁が傷つくと脳の血管が詰まって「脳梗塞」になります。脳は様々な機能を司りますので、詰まった場所により、手足に麻痺が生じる、感覚がおかしくなる、めまいが起きる、ふらつく、認知機能がおかしくなる、人格が変化するなど様々な影響が起こります。脳梗塞もつまりどころによっては死に至る病ですが、以前と比較すると救命率は向上しており、後遺症が問題になる例が多いです。手足が動かしにくくなれば作業内容や日常生活も制限されてしまいます。
③低血糖症状により就業配慮を要する例がある
糖尿病の治療には、運動、食事制限、内服薬、インスリンの注射などがあります。いずれも共通しているのは「血糖値を下げる」ということです。血液中の糖分自体は栄養として必要なものなので、血糖値が下がりすぎると、脳が栄養不足になり、低血糖による症状が発生します。具体的には、冷や汗、動悸、意識障害、けいれん、手足の震えなどが起こります。低血糖が悪化し放置し続けると死に至る例もありますが、低血糖が起こりうるということを把握していればブドウ糖の摂取(飴やラムネなどの摂取)により回復する例がほとんどです。特に強い内服薬やインスリンの注射を開始した際に発症することが多いので、治療が安定するまでは、運転や高所作業などを避けるような配慮が必要であったり、本人の同意のもとに上司や同僚に状況を把握してもらって万が一の時に救急車などを呼べる体勢を整えておく必要がでてきたりすることもあります。
ただ、会社様からすると、個人の治療の状況は個人情報にあたりますので、個人情報保護と安全配慮義務が相反するように見えて、本人に事情を聞きづらいのではないでしょうか。こういった際には産業医や産業保健師に相談いただくと、第三者的な目線から適切な就業上の配慮や職場への情報共有について、本人、会社と調整できると思います。
定期健康診断で糖尿病の疑いといわれたら
労働者の方の対応
健康診断で糖尿病といわれた方の大多数は、特に症状がないと思います。しかし糖尿病は基本的に治る病気ではなく、加齢とともに年々悪化していくことが多いです。糖尿病の合併症は眼が見えなくなったり、手足が壊死してしまったりなど恐ろしいものも多いですので、症状のないうちに必ず内科に受診しましょう。
会社としての対応
①健康診断後の事後措置の徹底
健康診断後に結果を産業医に見せると思いますが、特に糖尿病の方についてはコメントをもらうようにしましょう。本人がなかなか受診しようとしない場合や、合併症の状態によっては、今まで通り就業させると病気の悪化を招くため、就業配慮が必要になる例もあります。
糖尿病が疑われる労働者の方に対して、会社の担当者から二次検査の受診を勧奨することはできても、指示はできません。
それゆえ、担当者から受診勧奨頂いたとしても、受診せずに放置している労働者の方に頭を抱えていたことはないでしょうか。その際には産業医や産業保健師からお話すると、重要性を理解して受診につながる人も多い印象です。大体相談頂いたうち8割ぐらいの方は受診につながると思います。
②HbA1cを健康診断項目に追加する
法定項目には含まれていませんが、「HbA1c」(ヘモグロビンエーワンシーと読みます)という値が糖尿病の管理に非常に重要です。ほとんどの健診機関ではオプションで追加できます。法定項目に含まれるのは「血糖値」ですが、「血糖値」は常に変化するので、「血糖値」だけでは糖尿病かどうか判別がつかない例も多いこと、「血糖値」だけではどのぐらい糖尿病がひどいのか分かりにくいこともあって、私の産業医先には「HbA1c」を導入されることを非常に強くおすすめしています。「HbA1c」は過去2-3か月の血糖値の推移を反映するとされており、糖尿病を診断する感度としては「血糖値」よりも高いのです。
おわりに
糖尿病は身近な病気だと思いますが、放置すると恐ろしい合併症が出てくることを知らなかった方も多いのではないでしょうか。せっかく費用や時間を割いて定期健康診断を受けているのですから、最大限活用していただけたらと思います。会社様としてお困りの労働者の方がいらっしゃいましたら、産業医として相談に乗ることも可能ですのでお問い合わせください。