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職場における熱中症の予防 わかりやすさを目指して

[2023.06.16]
名古屋市の産業医・労働衛生コンサルタント事務所「中部産業医・労働衛生コンサルタント名古屋」の馬渕です。
今回は「熱中症の予防法」というテーマで産業医の視点から書いてみようと思います。
熱中症対策については、厚生労働省の通達のほか、安衛則にも定められています。それらの法律をベースにしながら、実態に即した熱中症予防についてわかりやすく解説します。
前回は全ての業種に関わる「熱中症への対処法」について産業医の視点から書きました。
熱中症の一般的な知識や重症度分類、熱中症が起きてしまった時の対策に関しては前回の記事が参考になります。

職場における熱中症の対応 わかりやすさを目指して

熱中症の予防がなぜ重要なのか

一言でいうと、「熱中症は死に至る病」だからです。

実際に、「令和4年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、令和4年(2022年)には805人の労働者が熱中症のために4日以上休業しており、うち28人は熱中症により死亡しています。

熱中症は、適切な管理をすることで防げる労働災害であるため、厚生労働省としても力を入れており、毎年、「STOP熱中症!クールワークキャンペーン」を実施しています。また熱中症による死亡災害が発生した場合に、不適切な管理(水分のみしか提供せず、塩分を提供していなかったなど)が明るみにでて、労働安全衛生法や労働安全衛生規則違反で会社や代表取締役が書類送検された事案もあります。

熱中症の予防は、労働衛生の三管理と呼ばれる作業環境管理、作業管理、健康管理をベースに行いますが、労働者への労働衛生教育や事業者による総括管理も重要です。

ざっくり言うと、作業環境管理は労働者の働く「作業環境」に介入すること、作業管理は労働者の働く「作業内容」に介入すること、健康管理は労働者の「健康状態」に介入することになります。

以下で見ていきましょう。

作業環境管理

熱中症の「作業環境管理」は、労働者が働く「作業環境」に介入して、熱中症が起こりにくくするアプローチになります。

まずは作業環境が、どのぐらいの暑熱ストレスを労働者に与えているのかを把握するところから始まります。

この際に、暑熱ストレスの大きさの指標として用いられるのが、「WBGT値」です。

WBGT値の測定、管理

みなさんの体感ではどんな環境だと熱中症になりやすいと思いますか?

もちろん「気温が高い」のはもちろん熱中症のリスクですが、「蒸し蒸ししている暑さ」の方が「カラッとしている暑さ」よりもしんどいのではないでしょうか?

また「照り返しの強い路上」の方が「木陰」よりしんどく感じるでしょうし、「風がない」方が「風がある」よりもしんどく感じるのではないでしょうか?

これらの①気温②湿度③輻射熱(照り返し)④気流の要素を含めて環境の暑熱ストレスを評価できるのが「WBGT値」なのです。

WBGTとは、Wet-Bulb Globe Temperatureの略です。単位は「℃」です。

元々はアメリカの海兵隊で訓練中に熱中症が多発し、熱中症になりやすい環境かどうかを評価し、訓練をしても大丈夫かどうか判断するために考案された値です。

下のように、本来は湿球温度計、黒球温度計、乾球温度計の3つの数値から計算します。

屋内: 0.7×湿球温度+0.3×黒球温度

屋外: 0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度

屋内と屋外では日光が強いかどうかに差がありますので、WBGT値の算出基準が異なります。

暑さ指数(WBGT)の測定装置/実際の観測の様子

写真1 WBGT計 

環境省熱中症予防サイトhttps://www.wbgt.env.go.jp/doc_observation.phpより引用

WBGT計の選び方

ただ、黒球と乾球、湿球のついた本来のWBGT計(写真1)は大掛かりになるので、大部分の事業所では市販のWBGT計(写真2)を用いることになると思います。

写真2 市販のWBGT計の例

労働安全衛生総合研究所https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2017/102-column-1.htmlより引用

市販のWBGT計を利用する場合も、写真2の①のような、乾球、湿球、黒球がついたWBGT計であれば申し分ないのですが、費用や取り回しの面から、②や③のようなポータブルのものを利用することが多いと思います。

その中でも、「黒球」が付いているもの(②)が望ましく、「黒球」がついていないもの(③)は、特に屋外作業場や、屋内でも熱源のある作業場では誤差が大きく参考にならないことがわかっています。

またWBGT計にはJIS規格(JIS B 7922)があり、適合した熱中症計で管理することが望ましいです。

JIS B 7922適合の温度計には、誤差の少ない順にクラス1、クラス1.5、クラス2がありますが、費用的にはクラス2が現実的かと思います。(クラス2でも表示値に2度以内の誤差はあります。)

WBGT値をもとにした熱中症リスクの評価

WBGT計の示す値と、労働者が従事する作業の強度、そして労働者が暑熱順化(労働者が暑さに慣れているかどうか、後述します)しているかどうか、労働者の服装で熱中症リスクが評価されます。

「現場で測定した値」に「表2に示された衣類による補正値を加えた値」が、以下の表1に示される「WBGT値の基準値」よりも低い値であれば熱中症になるリスクは高くないと言えるでしょう。逆に「WBGT値の基準値」を超える場合には、熱中症リスクが高いと言えますので、WBGT値を下げる取り組み(後述します)を行ったり、作業に小休止を挟んだりする必要があります。

気温と湿度は刻一刻と変化しますし、同じ作業場の中でも違いがありますので、できるだけ様々な時間帯や場所でWBGT値を測定し、事業場全体の熱中症のリスクを把握する必要があります。

表1 身体作業強度に応じたWBGT値の基準値

(令和5年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」実施要綱https://neccyusho.mhlw.go.jp/pdf/2023/r5_neccyusho_campaign.pdfより引用)

表2 衣類の組合せにより現場で測定された暑さ指数 (WBGT)に加えるべき着衣補正値 ( ℃ -WBGT)

WBGT値をもとにした熱中症リスクの低減

まずWBGT値の低減を図りましょう

WBGT値を低減させることにより、熱中症リスクを下げることができます。

WBGT値の下げ方について説明していきますね。

WBGTに影響を与える4要素は、①気温②湿度③輻射熱(照り返し)④気流でしたね。これら4つに対して介入を考えます。

①気温②湿度④気流の管理

気温と湿度が下がって、風があれば、快適に感じるというのはみなさんも肌感覚でわかるのではないかと思います。

気温や湿度を下げて、風を作り出すという観点で、一番思いつきやすいのは空調の利用ではないでしょうか。屋内であれば、クーラーや扇風機、除湿機、スポットクーラーなどの利用が考えられます。クーラーを使用する場合は、おおむね気温が28℃以下になるように管理し、設定温度は22-26℃程度にしましょう。クーラーを使用できない場合でも、扇風機は気流を作ることで、労働者の体表面から熱を逃す効果があります。

もちろん、工場全体に空調が入ればよいのですが、製造業では精度管理などの問題で気温を下げられないという事業場もあるかもしれません。その場合には、クーラーがかかっても問題のない区画を区切って空調を入れる、作業場所のすぐ近くに空調のかかった休憩室を準備するなどの対応も可能です。

③輻射熱の管理

照り返しを遮ることができれば、涼しく感じますよね。この照り返しを減らすことを考えます。

まずは熱源からの遮断を考えます。こう書くと難しく捉えてしまうかもしれませんが、一番の熱源は多くの場合太陽なので、

・ブラインドで遮る

・帽子をかぶる

・屋外であれば屋根をつける

などの対策が有効です。また、熱を吸収しないように、

・白目の服を選ぶ

・屋根に遮熱塗装をする

というのも有効です。

作業管理

水分と塩分の摂取

水分だけでなく、塩飴やOS-1®︎などの塩分も摂取することで熱中症になる可能性を減らすことができます。

法律にも記載がある内容です(安衛則617条)。

毎年のように塩分を提供しなかったために安全配慮義務違反とされ行政指導される事案があります。

労働者を暑熱順化させる

体には適応力があり、1週間程度、暑い環境で作業していると、徐々に体が厚い環境に適応してきます。

これを暑熱順化と言います。

ですので、暑くなり始めの時期(6月下旬〜7月上旬)には体が暑さに慣れていないので、熱中症が起きやすいです。

また、暑さへのばく露が中断すると4日後には暑熱順化の喪失が始まり3~4 週間後には完全に失われるということもあり、お盆休みの後にも体が暑さを忘れてしまう可能性があるので注意が必要です。

作業時間を管理する

WBGT値をもとにして、できるだけ暑くない時間帯に作業するように計画を組む、作業の合間にこまめに小休止をはさむなどにより熱中症のリスクを減らすことができます。

服装の管理

作業内容によりますが、一般的に通気性の良い服や、半袖の服の方が熱中症になりやすくなります。
特に屋外での作業では空調服®️の使用も有効です。

ただ、機能性や安全性、防護性能も関係してくると思いますので、職場内で相談しながら改善してください。

休憩所の設置

空調が効いており、水分を摂取できるような休憩所を作業場の近くに設けることが望ましいです。

熱中症の予防にも役立ちますし、万が一熱中症が発生した場合に重症化を防ぐこともできます。

健康管理

産業保健スタッフによる健康管理

例えば、糖尿病や不整脈など、一部の病気を持っている労働者については暑い環境で勤務させることにより、一般の方よりも熱中症が起こりやすかったり、持病の悪化が起こったりする可能性があります。

産業医・産業保健スタッフが、健康診断結果や、本人への問診を元に、仕事をする上で配慮が必要であれば、上司の方にお伝えすることで予防できます。

毎日の健康状態の把握

睡眠不足や食事摂取不足は熱中症になりやすくなります。

これは私の肌感覚ですが、

熱中症の患者さんのうちかなりの割合が当日体調不良であったのに無理を押して仕事をしていたという背景もあります。

毎日体調確認をし、体調不良時には素直に申し出ていただくことで熱中症のリスクを減らすことができます。

もちろん、労働者自身の健康管理も重要です。お酒は体の水分を奪ってしまうので、暑い作業をする前日には深酒をしないように気をつけてもらいましょう。

労働衛生教育

効果的な熱中症対策をするためには、会社が一方的に労働者に伝えるのではなく、現場の声を聞きながら、費用対効果も考えつつ進めていく必要があります。

労働者の方にも熱中症全般について理解いただくために、しっかりと教育をすることが重要です。

総括管理

事業者として熱中症対策を表明する

作業環境管理、作業管理、健康管理の実施

熱中症疑いの患者が発生した時の対応を決めて備えておく

・受診、搬送先の病院の確認

・フローチャートなどマニュアルの作成

・応急処置として体の冷却や水分などを補給できる体制を整える

 

終わりに

この記事では熱中症の予防について説明しました。まずは身近なところから、例えば塩飴と水を支給するなどから始めてみてはいかがでしょうか?

もし熱中症対策について相談したいという企業様がいらっしゃいましたら、産業医である私の方でも具体的な事案など含めてお伝えできますのでお問い合わせください。

今日からもみなさんが安全健康に働くことができることを願っております。

参考文献

職場における熱中症予防情報(厚生労働省) https://neccyusho.mhlw.go.jp/

→熱中症情報を全般的に知るために便利です。

 

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